あわや大惨事だった。北海道のJR石勝線トンネル内で起こった特急列車の脱線火災事故。乗客約二百四十人は自己判断で脱出し、奇跡的に死者が出なかった。事故対応マニュアルに完全はない。
「死ぬかもしれない」と車両の非常ドアから脱出した乗客たち。その判断が九死に一生を得た。命からがらトンネル外に逃げ出してきた顔は皆、真っ黒だった。表情は死の恐怖を物語る。
JR北海道などによると特急「スーパーおおぞら」(六両編成)の四両目床下にある、エンジンの回転を車輪に伝える推進軸の部品が落下、五両目が乗り上げ脱線した。直後に車体下にあるディーゼル燃料のタンクに引火、燃え広がったとみられる。
推進軸の落下トラブルは他のJRでも起きていた。北海道警は整備点検の不備が原因とみて業務上過失傷害の疑いで捜査している。国土交通省の運輸安全委員会も原因究明に乗り出した。なぜ部品が突然外れたのか、チェック体制は万全だったのか、ほかの車両は大丈夫なのか。徹底した再発防止策を併せて求めたい。
トンネルでの列車火災事故で思い出すのは、一九七二(昭和四十七)年十一月、福井県敦賀市の旧国鉄北陸線・北陸トンネルで急行「きたぐに」の食堂車から出火、三十人が死亡した惨事だ。
同事故を教訓に旧国鉄時代から、トンネル内や橋の上で火災に気づいた場合、停車せずに走り抜けるようルール化された。もうひとつ、異常や危険時は躊躇(ちゅうちょ)なく緊急停止するという決まりもある。
今回は脱線と火災が同時に起こり、しかもトンネル内で立ち往生した。複合事故に既存のマニュアルは役立たなかった。
巨大地震と大津波に見舞われ、収束しない福島第一原発の事故が頭をよぎる。人命を預かる鉄道事業者にも、想定外を極力なくすよう不断の努力を求めたい。
乗務員は「車外に出ないでください」とのアナウンスを繰り返したという。緊急停止後は車外の安全を確認するまで乗客を降車させない、というマニュアルを守った。その結果、JR側は乗客の避難誘導ができなかった。
マニュアルが通用しない複合事故、重大事故は起こり得る。その場合、人命第一に迅速で的確な対応ができるか、その現場の判断を尊重できるか、が決め手となる。大量輸送を担う交通事業者は、想定外でも柔軟に対応できる安全管理の徹底を肝に銘じてほしい。
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