テレビ画面の中に、菅内閣不信任案の採決を眺めながら、思い出したことがある▼衆院の大震災復興特別委員会で過日、参考人として出席したJA岩手県中央会の会長が明かした釜石支店の金融課長の話だ。あの地震の直後、課長は「重要書類は自分が金庫にしまうから、逃げろ」と職員を逃がしたのだという▼すぐに大津波が襲う。その後、金庫は重要書類が入った状態でみつかった。だが、どこを捜しても鍵がない。それは、やがて遺体で発見された課長の手に、しっかりと握りしめられていた…▼あまりに哀切だけれど、岩手県選出の議員が後日の委員会で語ったように「それぞれの持ち場で使命、責任を果たす人」の好例だろう。思えば、原発事故の現場も被災者救援の現場も、そうした人々によって何とか支えられている▼それに引きかえ、と怒りがこみあげる。この国難への対応、なお真っ最中の今、政権を倒そうとした不信任騒動。一刻の猶予も許されぬ原発事故対応や復興対策に寄与するのが、国会議員の「持ち場の使命、責任」だ。政争で足を引っ張ってどうする▼否決はされたが、首相の“退陣表明”の解釈などめぐり、政争は続く気配だ。嗚呼(ああ)、こんな「名言」のふさわしい政治が情けない。「お偉方は、我々に迷惑をかけないことが、けっこう善行になる」(ボーマルシェ作『セビリアの理髪師』)