HTTP/1.1 200 OK Date: Wed, 01 Jun 2011 01:07:38 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:東洲斎写楽ほど謎に包まれた絵師はいない。歌舞伎の興行に合わ…:社説・コラム(TOKYO Web)
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【コラム】

筆洗

2011年6月1日

 東洲斎写楽ほど謎に包まれた絵師はいない。歌舞伎の興行に合わせて、二十八点もの大判の役者大首絵を発表する鮮烈なデビューの後、わずか十カ月で姿を消す。素顔をたどれる記録はほとんどない▼その正体をめぐっては諸説ふんぷんだった。喜多川歌麿説、葛飾北斎説、オランダ人説…。近年の研究では「能役者の斎藤十郎兵衛」で、ほぼ決着した感があるが、論争は続いている▼一つの作品で平均五つの木版を使うとすると、百五十の作品を制作するには七百五十枚の版が必要になる。仮に二千枚ずつ刷ったなら、百五十万回もの摺(す)りの作業が必要となる。こうした点に注目した新説も出てきた▼写楽の作品は一人の天才の力によるものではなく、蔦屋重三郎という名うての出版プロデューサーが周到に戦略を練った計画であるという説だ(富田芳和著『プロジェクト写楽 新説・江戸のキャラクター・ビジネス』)。これまでにないビジネス戦略の視点からの写楽論は興味深い▼東京国立博物館で開催中の写楽展は、同じ役者が演じた同じ芝居の場面をライバルの歌川豊国や勝川春英が描いた絵と比較できる。そんな工夫がうれしい▼江戸の庶民にとって、写楽の絵は芸術作品ではなく、今でいうサブカルチャーだったと富田さんはいう。しかめっ面ではなく、熊さん、八つぁんの気分で面白がって観(み)るのも一興だ。

 

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