HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 18115 Content-Type: text/html ETag: "81a90d-46c3-529dd380" Cache-Control: max-age=3 Expires: Tue, 31 May 2011 23:21:08 GMT Date: Tue, 31 May 2011 23:21:05 GMT Connection: close
Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
大大大好きなことを前に、人は子どもに返る。「いよいよ解禁。じゃあ今年はどこの川へ行こうかなあと思いを巡らせているうちに、もう釣りは始まっている」。10年前に亡くなったプロ釣り師、西山徹(とおる)さんも例外ではなかった▼食道がんを切った西山さんは、再びさおを握ろうとリハビリに励んだ。体力づくりで多摩川沿いを歩くと、アユが跳ね、岩の藻に食(は)み跡がある。「私の心の中ではアユ釣り虫がムックとばかりに起き上がり、行こうよ、行くぞ、と騒ぎはじめた」。52歳の早世を前にした、最後の初夏だった▼釣るにせよ食すにせよ、アユ好きが待ちわびた季節である。なのに福島県では、漁の解禁がお預けになるかもしれない。県と国の調査で、基準を超すセシウムが出たためだ▼地に降りた放射性物質は、雨水に紛れて川や湖沼に流れ込む。潮が散らす海と違い、内水では放射能がなかなか薄まらない上、淡水魚は海水魚よりため込みやすいという。哀れ、かつ厄介でもある▼「鮎(あゆ)は土地土地で自慢するが、それは獲(と)りたてを口に入れるからで、結局地元が一番うまい」(北大路魯山人)。福島の舌には福島の香魚が至上であり、夏を呼ぶ滋味を欠いては精が出ない。釣りどころではない被災者も同じだろう▼県内では、旬を迎えるサクランボなどの観光農園も客離れにあえいでいる。暮らしを壊し、安心を乱し、季節感まで奪う原発事故。失われたものの大きさを思う水の月、この災いを乗り切る気構えを新たにしたい。