平年よりも十二日、昨年と比べると十七日も早く梅雨の季節が到来した。関東でもここ数日、雨が降り続き、傘が手放せない。このじめじめした季節になると、どこからともなく出没するのがナメクジだ▼落語家の古今亭志ん生は自著「びんぼう自慢」で「虫の中の大看板はこいつです」とかつての貧乏長屋暮らしをユーモラスに語っていた。這(は)った跡が壁中に銀色に輝く光景をつい想像してしまう▼衛生状態が格段に良くなったいま、目にする機会は減ったが、嫌われものであることには変わりはない。童謡に歌われているカタツムリとは、殻があるかないかだけの違いしかないのに気の毒に思う▼<ナメクジに塩>は、塩をかけられるとたちまち縮んでしまうように、苦手な相手の前に出ると、萎縮してしまうことのたとえだが、こんな諺(ことわざ)もある。<ナメクジにも角がある>。どんなに弱いものでも、プライドを持って生きているという意味だ▼低気圧と活発な前線の影響で東北の被災地はきのう、激しい雨が降り、強風が吹き荒れた。がれきが転がり、道路がふさがれた地域もあったようだ。非情な自然は、どこまでも追い打ちをかけてくる▼震災後の日本社会は、塩をかけられた生き物のごとく縮こまっていた感がある。私たち一人一人の力は小さくて弱い。それでも、立ち向かっていきたい。精いっぱい角を立てて。