菅直人政権は本格的復興対策を盛り込む二次補正予算をはじめ重要課題を軒並み先送りしそうな気配です。「政治の使命」はどこにいってしまったのか。
東日本大震災でもっとも被害がひどかった地域の一つ、宮城県石巻市を訪ねてきました。地域医療を担ってきた石巻市立病院は一階が津波で崩壊し、二階以上は患者や医師たちが避難した被災直後の様子をとどめています。
港に船影はなく、水産加工の工場建屋も荒れ果てたままでした。資金難に加え、基になる国の復興計画が決まらず、新たな設備投資に踏み切れないでいるのです。
◆命の危機に夏休みとは
被災者たちが街を去るかどうかの瀬戸際に追い込まれ、経営者も転廃業を考えざるを得ない中、菅政権の動きはまったく鈍い。
政治のもっとも基本的な使命は「国民の命と暮らしを守る」点にあります。戦後最大の危機にあって、いま最重要課題は被災地復興であるのは議論の余地がない。ところが通常国会は六月二十二日まで会期を残していながら、二次補正予算案は夏以降の臨時国会に先送りされそうです。
十万人超に及ぶ被災者がいまも不自由な避難所で暮らし、東京電力・福島第一原発事故も収束見通しが立たない。避難所生活はこれから夏を迎えて一段と苦しくなると懸念されています。まさに命の問題なのです。
それで「国会議員が夏休み」でいいのでしょうか。あまりに政治感覚がずれていると言わざるをえません。さすがに野党の批判を受けて、ごく小規模の補正予算をつくる案もあるようです。でも、小手先対応が見え透いている。
政府は新たにつくる賠償機構に交付国債を発行し、東電が必要に応じて現金化して賠償に応じる仕組みを発表しました。
◆停滞が招く「政治災害」
ところが株式は100%減資せず、取引金融機関も債権カットしない案だったために、このままでは結局、電力料金値上げで被災者を含めた消費者に負担をしわ寄せする結果になってしまう。
批判を恐れた枝野幸男官房長官が銀行に債権放棄を求める考えをあきらかにすると、与謝野馨経済財政担当相がそれに反対し、閣内不一致が露呈しました。賠償案は宙に浮きかかった状態です。
国民負担を大きくする賠償案はそれ自体、重大問題をはらんでいますが、それさえ国会で決まらないとなると大変です。東電に経営不安が生じて、銀行が債権保全に走らないとも限りません。そうなると東電から資金が流出して、肝心の被災者賠償が不十分になる恐れもあります。
ここでも弱い立場の被災者が一段と苦境に追い込まれる懸念がある。自然災害に加えて政策停滞が招く「政治災害」という二重の危機に直面しているのです。
菅首相は主要国(G8)首脳会議を前に、再生可能エネルギーの活用や技術革新の促進を掲げましたが、それには電力の地域独占や発送電一体体制の見直しが不可欠になる。賠償案が前提にした東電存続とは真逆の方向なのです。
環太平洋連携協定(TPP)への参加や沖縄の米軍普天間飛行場移設問題も「震災対応で手が回らない」という理由で先送りされました。実は「政治的に荷が重すぎて処理できない」というのが真相でしょう。
そもそも民主党政権の旗印は「脱官僚・政治主導」でした。ところが、鳴り物入りで新設された国家戦略室や国家戦略担当相は震災対応で出番がなく、代わりに復興構想会議という「政府審議会」が主導権を握りました。
その結果、舞台裏で財務省が暗躍し、復興構想の前に「増税構想」が出てくるありさまです。政治主導は見る影もありません。
内閣不信任案や問責決議案を語る前に、なぜ自前の復興構想と二次補正案を提案しないのか。野党なりに政策を示さず、いきなり不信任案では政局最優先と受け取られてもしかたがありません。
ようするに、菅政権は政権延命の思惑からできるだけ対決を避け、肝心の政治課題を先送りしてしまう。野党も政府の対応を批判しながら、自前の政策は示さず、ひたすら「与党内の造反が広がらないか」と目を凝らす。どちらも国民不在なのです。
◆国会が政治不在に断を
自民党はじめ野党は与党内の動きを見極めたうえで、衆院で内閣不信任案、参院で首相問責決議案を出す機会をうかがっています。ここはまず国会が出す結論を注視したい。菅政権の「政治不在」を放置せず、政治を一歩前に動かす。そこが問われる局面です。
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