埼玉県警が手掛ける公職選挙法違反事件で、捜査官がうその証言を強要して調書を作った疑いが浮かんだ。本当であれば冤罪(えんざい)を生みかねないゆゆしき事態だ。捜査過程の徹底したチェックが必要だ。
「会費を支払ったと主張しているのに、払っていないという、うその調書に署名させられた」
四月に行われた統一地方選の深谷市議選に絡み、当選した市議と妻が供応買収の疑いで今月八日に逮捕された。これは供応を受けたとされている支持者の言葉だ。
「こうやって冤罪が生まれると思うと憤りを感じる。警察は市民を守るための存在ではないのか」
市議らが飲食の接待をしたとされる支持者らの取り調べや供述調書の作成のやり方に、人権侵害とさえ言える重大な問題がある。担当の弁護士が県警とさいたま地検にそう抗議した。
「認めないなら一カ月でも調べ続ける」「家族が警察に呼ばれて周りに迷惑が掛かる」。捜査官にそんなふうに脅し文句を投げつけられた支持者が多いという。
県警は「適正な捜査をしている。供述の任意性や信用性はあると考えている」と反論している。しかし、もし支持者らの声が事実だとすれば、調書のでっち上げそのものではないか。
二〇〇三年の鹿児島県議選に絡んだ公選法違反事件で、十二人全員が無罪となった志布志事件を彷彿(ほうふつ)とさせる。「おまえをそんな息子に育てた覚えはない」などと家族の伝言に見立てたメモを踏みつけるよう迫り、自白を強いた“踏み字”は悪名高い。
冤罪が生まれるのは取り調べが密室で行われるからだ。事件の筋書きに沿った供述を引き出そうと強要や誘導、脅迫などをしてもばれにくい。取り調べの全過程が録音・録画(可視化)されれば起きない問題だ。
水掛け論に陥りがちな自白に頼らず、客観的な証拠を積み上げて犯罪を立証することこそ捜査の基本だ。今度の事件でも、会費の支払いを示す預かり書を持っていたり、家計簿に出費を記したりしていた支持者がいるという。
さいたま地検は近く市議らを起訴するか否かの処分を出す。検察には警察の捜査が適切に行われたかどうかをチェックする大切な役目もある。警察と検察の仕事は法と証拠に基づき正義を実現することだ。容疑者を真犯人に仕立て上げ、裁判に勝つことではない。
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