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5月22日付 編集手帳

 松尾芭蕉が江戸・深川から「おくのほそ道」の旅に出たのは元禄2年(1689年)、陽暦で5月半ばのことだった。きょうあたりは栃木県の日光を過ぎ、いよいよ奥州入りが目前、那須・黒羽に逗留(とうりゅう)中の頃であろう◆日光東照宮はにぎわいを取り戻しただろうか…。両陛下が那須御用邸のお風呂を開放され、避難中の人たちは喜んでいたな…。300年以上前の旅行記を改めて手にとれば、道中の地名に、この2か月余りの出来事が重なっていく◆〈風流の(はじめ)やおくの田植(たうえ)うた〉。白河の関を越えた所で一句したため、芭蕉の旅程は福島から宮城、岩手県へと進む。塩釜、松島、石巻、平泉――どこも、この大震災の被災地だ。今、同じ道を歩けば、俳聖はどんな句を残すだろう◆田植えもままならない状況で風流に旅するわけには…と考えるのは、よろしくない。松島では湾内を巡る観光船が再開した。平泉は世界遺産に登録される見通しだ。東北三大祭りも開催されるという◆インターネットのブログなどで、現代版の「おくのほそ道」がたくさん発信されるといい。東北を楽しむことが、一番の応援になる。

2011年5月22日01時21分  読売新聞)

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