「古寺巡礼」などで知られる写真家の故土門拳さんは、被写体の表情が最も生き生きとする決定的瞬間を「かすめ取れ」と訴えていた。「ボケていようがブレていようが、いい写真はいい写真なのである。スナップはスリのようなものだ」▼ただし、いつまでも被写体がよそ行きの顔では決定的瞬間は撮れない。人が一瞬家族や友人のカメラに無防備な素顔を見せるのは、心を許しているからだろう▼東日本大震災の被災地では、泥だらけになった写真を洗浄しているボランティアがいる。海水が染み込んだアルバムから細心の注意を払って写真をはがし、ハケをつかって水の中で丁寧に泥を落とす。地道な作業である▼福島県相馬市で、その作業を手伝ってきた。茶髪にピアスの男の子や、愛知県刈谷市から車を飛ばしてきた会社の同僚五人組らと共に慣れない手つきで挑戦した▼結婚式、生まれたばかりの赤ちゃん、入学式、家族旅行…。瓦礫(がれき)の中から見つかった大量のアルバムの中には、土門さんがいうような生き生きとした表情を切り取ったスナップ写真が何枚もあった▼洗った写真を乾かし、発見された地域ごとに新しいアルバムに収める。生きた証しを求めて、多くの被災者が訪れる。「津波で亡くなった祖父の写真が見つかりました」と丁寧にお礼を言う人がいた。苦しむ人の役に立てて、素直にうれしかった。