福島第一原発事故への政府の姿勢に抗議して内閣官房参与が辞任した。放射能のリスク管理をめぐり、政府が混乱しては国民の不安を招く。政府が設けた学校の放射線量基準には合理性があるのか。
辞任したのは、菅直人首相が起用した放射線安全学を専門とする小佐古敏荘(としそう)東大大学院教授だ。放射能をめぐる政府の対応を場当たり的だと涙ながらに批判した。
国の原子力政策を担う原子力委員会の専門部会委員でもある。放射線防護の碩学(せきがく)の涙は重く受け止めるべきだ。
とりわけ小佐古氏が強い懸念を示したのは、福島県内の学校での被ばく線量の暫定の上限を年間二〇ミリシーベルトとした政府のやり方だ。
子どもが一日のうち八時間を屋外で、十六時間を屋内で過ごすと仮定して逆算し、校庭の放射線量が毎時三・八マイクロシーベルト以上ならば屋外活動を制限するとしている。
この目安は原発作業員の普段の年間被ばく量の上限に相当し、高すぎるという。小佐古氏は「学問上の見地からも、私のヒューマニズムからも受け入れがたい」と猛反発して引き下げを求めた。
政府が目安を決めるのに助言を求めた原子力安全委員会が、小佐古氏のような意見を踏まえてどういう議論を交わしたのか見えないのは残念だ。
「差し支えない」との結論を出すまでに、さまざまな意見が出たに違いない。しかし、正式な委員会は招集されておらず、議事録がないから確かめようもない。
子どもの健康を左右しかねない大事な目安をぞんざいに扱ったとのそしりは免れまい。責任の所在が曖昧なのも問題だ。
広島や長崎の原爆の研究によれば、一〇〇ミリシーベルトの放射線を浴びると、がんになる確率が0・5%増える。ところが、それ以下の被ばく量の影響は明確ではない。
ただ、子どもの放射線への感受性が大人より高いことははっきりしている。一九八六年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故では子どもの甲状腺がんが多発した。
子どもの被ばく量の上限として年間二〇ミリシーベルトは高すぎると警告する人は小佐古氏のほかにも多い。飯舘村などの計画的避難区域で予想される積算の被ばく量と同じ数値なのも気掛かりだ。
地元の自治体では、校庭の表土を放射性物質ごと削り取る動きも広がっている。政府の方針に安心できないからだ。子どもの安全を最優先に議論し、揺るぎない手だてを打ち出すべきだ。
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