勤務先の近くに、懐かしい昭和歌謡の映像と歌を流す店がある。伝説の人になった山口百恵さん、デビュー当時の初々しい松田聖子さんら貴重なライブラリーがそろっている▼この店で、よくリクエストがかかるのは、三人組の元人気アイドルキャンディーズの曲だ。「年下の男の子」「暑中お見舞い申し上げます」「微笑がえし」…。懐かしいヒット曲の数々に中年男性たちが年を忘れて熱唱する▼「普通の女の子に戻りたい」と人気絶頂時に解散してから三十三年。昭和の一時代を彩ったメンバーから一人が欠けてしまった。スーちゃんの愛称で親しまれた女優の田中好子さんが乳がんで亡くなった▼解散後、女優として活動を再開。ほんわりとしたイメージは変わらないまま、地道な努力を重ね、演技派として活躍の幅を広げた。日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した映画「黒い雨」(今村昌平監督)が代表作になった▼田中さんが演じたのは、被爆直後の広島で放射能混じりの雨を浴び、原爆症と世間の冷たい視線に苦しめられる女性だ。その姿と福島第一原発の事故でいわれない差別を受けている人たちが二重写しになる▼「福島に帰れ」と避難所で車にいたずら書きされた人、避難先の学校で避けられ不登校になった子ども…。この社会は今も敗戦直後と同じような人権感覚しか持ち得ないのだろうか。