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4月18日付 編集手帳

 時計台の鐘が鳴り、(すずめ)(はと)が一斉に飛び立つ様を米国の作家ウィリアム・フォークナーはこう形容した。「清純な原始の大気を時間と永劫(えいごう)の最初の高らかな鐘声(しょうせい)で粉砕したかの(ごと)くである」――『尼僧への鎮魂歌』の一節だ◆人間にとっては定時の鐘なのに、雀や鳩は天地開闢(かいびゃく)以来の出来事かのように驚き、あわてる。とすれば、実は神の視座からは定期的な事象に対して、我々は驚愕(きょうがく)しているのかも知れない◆東日本大震災は我々にとって「想定外」の災厄と思えた。だが、平安時代の869年に宮城―福島県沿岸部を襲った貞観(じょうがん)津波の例などを踏まえれば、本来は数百〜千数百年単位で繰り返される自然現象と捉えるべきなのだろう◆無論、防波堤も原発も、費用対効果を無視はできない。あらゆる事態を「想定内」として被害をゼロにする神業は無理だとしても、被害を最小限にするための二重三重の対策は粘り強く追求し続けたい◆我々が、いつか再び巨大な天災に直面することは避けられまい。今回の「警鐘」を真摯(しんし)に受け止めて、どこまで次の「鐘」に備えられるか。それこそが雀や鳩との違いであろう。

2011年4月18日01時08分  読売新聞)

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