63連勝の記録を持つ江戸時代の名横綱、谷風梶之助の生家は仙台市若林区にある。そのすぐ近くの「浪分(なみわけ)神社」は、平安時代の貞観(じょうがん)津波(八六九年)が到達した場所に建てられたと伝えられている▼時は下って一六一一年の慶長地震で起きた津波では、神社の位置で波が二つに分かれて引いていったという伝承も残る。今回は、防潮堤の役目を果たした道路があり、海岸から約五キロの神社まで津波は到達しなかった▼実は、伝承を科学的に裏付ける調査結果があった。東北大と産業技術総合研究所が浪分神社より海側の水田で地質調査をした結果、貞観津波で海から運ばれた砂の層が確認されていたのだ▼津波の痕跡は、少なくとも宮城県石巻市から福島第一原発に近い福島県浪江町まで内陸深く入り込んでいた。研究者は福島第一原発が巨大津波に襲われる危険性を経済産業省の総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会で報告をしたが、東京電力側はまともに取り合わなかった▼「原野も道路もすべてうみとなり、船に乗るにいとまあらず、山に登るも及び難くして、溺れ死ぬる者千ばかり…」。貞観津波の惨状は、歴史書の「日本三代実録」に残されている▼一千年前の被害の実態が、古文書から抜け出して警告をしたのに、万全の備えに生かされなかった。「結論ありき」の政府の審議会の病巣はあまりに深い。