被災地が再び立ち上がるには、大漁旗があがる水産業の再興が不可欠だ。なのに、政府と東京電力が足を引っ張るような事態が続く。漁民、水産業者らの気持ちを本当に分かっているのか。
黒潮と親潮が出合う三陸海岸沖は、北海、北米ニューファンドランド島周辺と並び世界三大漁場と称される。宮城県の気仙沼漁港はカツオやサンマの水揚げ量が日本一、二を争い、遠洋マグロ漁業の基地としてもよく知られている。
リアス式海岸の内海ではカキやホタテ、ワカメなどの養殖が盛んで、女川町は日本有数の銀ザケやカキの養殖地だ。加工も含め、住民のほとんどが水産関連に携わる。
大漁旗をはためかせ、漁に出る人、見送る人。海は生活の基盤であり、誇りだった。汚れた大漁旗を洗い、軒先に干す女性たちの姿にそれがしのばれる。
被害はまだ十分、把握できていない。少なくとも宮城、岩手両県で約二万隻の漁船と二百五十カ所の漁港が壊滅的打撃を被った。水産業は施設産業だ。消費地の市場に送り出すには船や網、加工場や港湾施設だけでなく、大規模な製氷施設や保冷庫も欠かせない。
完全復活には時間がかかる。当面は仮設の流通拠点を何カ所か、急ぎ開設できないか。気仙沼の漁業関係者によると、沖合に出ていて難を逃れた船もある。港に仮設市場を整えて、氷さえ入手できれば、出荷はできるという。
心配なのは、北茨城でコウナゴから暫定規制値を超える放射性物質が出たことだ。風評被害は漁業再興の足かせになる。東電と官邸は農林水産省にさえ知らせずに、汚染水の放出に踏み切った。漁業と消費者への配慮が足りなすぎる。漁民の怒りは当然だ。
福島第一原発からの汚染を完全に止める必要があるのは言うまでもない。風評は当局への不信が引き起こす。東電や政府が姿勢を正すだけでなく、自治体、漁協、中央市場や量販店を含めて流通チェーンが総力を挙げて監視と分析、正しい情報発信を徹底すべきだ。
「市場流通しているものは大丈夫」という信頼を確立することが必要である。そのうえで、冷静な商品選択をすることも、消費者が自宅でできる最大級の被災地支援になるはずだ。
漁業の消滅は地域の消滅にほかならない。道のりは険しくとも漁業再興の先が見えれば、住民の希望も見えてくる。被災地が自信と誇りを取り戻す糧になる。
この記事を印刷する