「キャベツのための祈り」と題した長田弘さんの詩がある。<キャベツを/讃(たた)えよ。すべてはキャベツにしてキャベツ、かつキャベツにしてキャベツにすぎない>と始まり、敬虔(けいけん)な英国の老教授がキャベツ畑を讃える言葉で終わる。「この畑はね、ただのキャベツ畑だけれど、きちっと一列にならんで葉をだして、すばらしいね」▼春キャベツが出回る季節である。規則正しく畑に並ぶキャベツの列。出荷する直前、丹精込めて育てた瑞々(みずみず)しいキャベツたちを「出荷してはならない」「廃棄せよ」と命じられたら…▼福島第一原発事故で、福島県産の対象野菜の出荷停止が決まった翌日、須賀川市の男性(64)が自ら命を絶った。農薬や化学肥料を極力控えたキャベツ七千五百個は収穫を待つばかりだった▼「安全な食べ物を子どもに届けたい」が口癖だった。原発の建屋で水素爆発が起きたテレビニュースを見て、「お先真っ暗。福島で野菜が作れなくなるかもしれんな」と家族に漏らしていたという▼原発から放射性物質が漏れ出るのを食い止めるには、数カ月を要するという見通しが初めて政府から示された。その間、福島だけでなく、近隣県の農家にも不安の日々が長く続く▼この状態が長引けば、豊潤な大地はどこまで汚染されてしまうのか。政府には、それを予測したデータを作成し、国民に公開する責任がある。