HTTP/1.1 200 OK Date: Mon, 04 Apr 2011 21:11:40 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:「津波太郎」の異名がある岩手県宮古市田老の巨大な防潮堤の上…:社説・コラム(TOKYO Web)
東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 筆洗 > 記事

ここから本文

【コラム】

筆洗

2011年4月4日

 「津波太郎」の異名がある岩手県宮古市田老の巨大な防潮堤の上に立った。遠くの崖に地域を壊滅させた明治と昭和の大津波の高さが太い白線で示されている。それより高い木立の中に白い車が引っ掛かっていた。あんな高さまで…と言葉を失う▼「万里の長城」とも呼ばれる総延長二・四キロ、海抜一〇メートルの防潮堤が住宅地を二重に取り囲んでいた。津波はその一部を大きく破壊、巨大なコンクリートの残骸が散らばっていた▼「黒々と盛り上がった波が手をつないだように押し寄せ、しぶきも立てずに防潮堤をふっと乗り越えてきたんです」と平成の大津波を振り返るのは、昭和八年の大津波を生き延びた東キヌさん(81)だ▼あの日、経験したことのない激震に津波の襲来を確信した。二人の姉を避難させようと、高台の家から下りたが、住民の動きは、どこか緩慢に見えた▼「長城」を軽々と乗り越えた波は、約千六百戸を根こそぎ流し多数の死者と不明者を出した。防潮堤への過信を口にする住民もいた。津波の怖さを実感として知らない世代には「油断があったのかもしれない」とキヌさんは振り返った▼養殖ワカメ漁の最盛期。約五十隻あった船は跡形もない。がれきを積んだ自衛隊の車両が走り、砂塵(さじん)が激しく舞う。「復興」「頑張ろう」…。メディアによく登場するその言葉が、場違いな気がしてならなかった。

 

この記事を印刷する

PR情報





おすすめサイト

ads by adingo