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4月4日付 編集手帳

 国内初の商業用軽水炉、日本原子力発電敦賀原発1号機が営業運転を開始したのは、1970年3月のことだった。大阪万博の開会と重なり、会場に送電されて「原子の灯」として紹介された◆高度成長のさなか、日本中が希望と活力に満ちあふれていた時代だった。それから41年、今年は万博のシンボルだった「太陽の塔」を制作した岡本太郎の生誕100年にあたる。個性的だった岡本の歩みが、東京国立近代美術館の企画展などで紹介されている◆岡本は万博のテーマ「人類の進歩と調和」に抵抗を感じていた。会場の近代的な建物とは対立する「ベラボーなもの」として、土俗的な「太陽の塔」を構想したという。万博は「日本人の心の奥底に秘められていたバイタリティー」をよびさます祭りの場として考えていた◆しかし、今や反近代的な「太陽の塔」が高度成長期の象徴に見える。人類の原初的エネルギーを表現したこの作品は、日本が元気だった時代のイメージそのものでもある◆震災で疲弊した日本人にこう叫んでいるに違いない。「心の奥底に秘められたバイタリティーを信じて立ち上がれ」と。

2011年4月4日01時21分  読売新聞)

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