◆高齢者支援
被災者には高齢者が多い。避難所生活では、十分な体調管理が難しい。特に要介護の高齢者は専門職のケアが必要だ。被災地から離れた介護施設が受け入れを始めた。この活動を支えたい。
避難所になっている体育館に、要介護の高齢者を受け入れるため迎えに行った福島市の老人保健施設関係者は驚いた。
介護施設からの避難者が多くいた。付き添いの施設職員は疲れ切っていた。脱水を防ぐ点滴液もなく救急車を待っていたという。
避難所生活では水や食料が不十分だ。寒さも加わり健康状態が悪化する。被災地の介護施設も、避難所にいる要介護高齢者を受け入れているが限度がある。避難生活の長期化を考えれば、被災地以外で介護福祉士など専門職のケアを受けられる疎開先が必要だ。
全国老人保健施設協会は厚生労働省と連携し、全国の老人保健施設への収容と、被災地への専門職派遣を始めた。受け入れ表明施設は千を超え、収容可能人数は約四千五百人になる。派遣できる専門職は数百人集まった。特別養護老人ホームやグループホームの事業者団体も受け入れ態勢を整えている。この動きを広めたい。
ただ、縁もゆかりもない土地に移ることには抵抗があるだろう。遠方では家族は訪ねにくい。利用者の細かいニーズに最大限配慮して、収容施設を決めてほしい。
国の支援は欠かせない。厚労省は、協会に対し要介護認定を受けていない高齢者の受け入れも認めた。避難所にいる高齢者が介護サービスを受けても介護保険が適用される。保険の自己負担分の減免や、保険料支払い猶予なども決めた。当然の措置だ。
千葉県鴨川市の亀田総合病院が、被災した福島県いわき市の老人保健施設「小名浜ときわ苑(えん)」の入所者と職員を一括して受け入れた。近くの宿泊施設「かんぽの宿鴨川」に収容しケアを続ける。市はときわ苑の介護サービスが継続されているとみなし、介護保険の費用負担や苑への介護報酬はこれまで通りとした。
一緒に暮らしている人たちが共に過ごせることは心強い。苑も報酬が得られ運営を続けやすい。いわき市では既に十を超える介護施設が市外に丸ごと移った。
被災地では観光客も減る。今後、利用客減で空いた宿泊施設の利用ができないか。国や自治体は調整役となり、柔軟に被災地のニーズに対応すべきだ。
◆学校再開が心を癒やす 被災地に新学期
東日本大震災や福島第一原発事故で、避難所暮らしを強いられている子どもたちの学校教育の立て直しを急ぎたい。先生や友だちと触れ合える穏やかな日常こそ深手を負った心を癒やしてくれる。
被災地では教育現場が壊滅的な状況に追いやられ、新学期がいつ迎えられるのかほとんどめどが立っていない。避難所に使われ、被災者が暮らす学校は多い。校舎や体育館が傾いたり、水没したりといった被害は枚挙に暇(いとま)がない。
教科書や文房具、ランドセルやかばんも流失した。大切な家族や友だち、先生を亡くした子どもたちもたくさんいる。それでも、悲しんだり、悔やんだりしてばかりはいられない。
三月下旬、宮城県名取市で市立小中学校がいったん再開されたときの光景には心が和んだ。家屋や車などのがれきの山がまだ残る中で、久しぶりに再会した子どもたちは「生きてて良かった」と抱き合って喜んだ。
学校が生み出す子どもたちの大きな笑顔が、深く傷ついた心の癒やしにつながり、周りのみんなの生きる糧となる。阪神大震災から学んだ貴重な教訓だと、兵庫県教育委員会の担当者は言う。
学びの場の再開に向けて着実に準備を進めたい。避難所の一角に教室をしつらえたり、校庭や公園に教室を仮設したりする。大事なのは、学校生活と避難所生活とをはっきりと切り分けて大震災前の日常を取り戻すことだという。
文部科学省は「子どもの学び支援ポータルサイト」を設けている。先生や専門スタッフなどの人材派遣や、学用品や図書、玩具などの物品提供、被災地の子どもの受け入れなどの情報が分かる。学校の立て直しに活用してほしい。
広島県教委は百六十人ほどの小学校一校を、熊本県人吉市は六十人ほどの中学校一校をそれぞれ丸ごと受け入れるという。子どもたちのホームステイを引き受ける自治体やNPO法人も出てきた。
学校が再開しても子どもたちの心のケアは欠かせない。住み慣れた故郷や家族と離れ、不安を募らせる子どもたちも多いはずだ。心身の不調を訴えたり、怖がったりするかもしれない。先生は小さな変化を見落とさず、きめ細かく向き合う必要がある。
スクールカウンセラーや養護の先生を充実させるべきだ。心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの深刻な症状があれば、スムーズに専門家につなげる仕組みも確かめておきたい。
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