十七世紀に活躍したフランスの詩人ラ・フォンテーヌの『寓話(ぐうわ)』に、「ネコと老練なネズミ」という一編がある▼ネコは体に白い粉をまぶして“変装”するなどしてネズミをだまし、次々にとらえる。だが、ある老練なネズミだけはその手を食わず、「何かからくりがあるんじゃないか」といって近寄りもしなかった▼詩人は<かれの慎重ぶりを私はほめよう>と書いた後、こんな諺(ことわざ)を引いている。<用心は安全の母>。一般論としてはなるほどとも思うけれど、福島原発事故による農作物の放射能汚染の風評被害ということを考えれば、どうも頷(うなず)けない▼対象が放射能だけに消費者が慎重になるのは当然だ。だが、政府が出荷制限した作物以外、あるいは近隣地域の作物まで<用心は安全の母>とばかり敬遠すれば、復興の足を引っ張ることにもなる▼それに、ひとたび海外との関係に目を転ずれば、実は、日本全体が風評被害の「被害者」になりかかっている面がある。福島から何百キロも離れた土地からの輸出品が他国で受け取り拒否されたり、九州でさえ海外からの観光客が激減したり…。だから、私たちは国内の風評被害の「被害者」の無念にも思いを致すことができるはずだ▼無論、日本全体が被災したとか、放射能汚染が広範にわたるといった誤解を解くよう、政府には海外への情報発信に力を尽くしてほしい。