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題は「時計」である。〈きんやさんの手にかいた時計/一日たっても動かない/赤いいんきでかいてある/いつもおやつの時間です〉。少女の観察は、わんぱくな級友にも優しい。62年前の10歳の作を『詩のアルバム』(理論社)から引いた▼震災は、いくつもの時計を「おやつの時間」で止めた。教室の壁で、がれきの下で、もの言わぬ人の腕で。最初の揺れから津波が猛(たけ)るまで、午後3時を挟んで何千何万の時が止まった▼石巻市の大川小では、全児童108人のうち無事は3割という。それは北上川を5キロ走り、下校前の子と先生方をのんだ。泥と油が臭う現場では、わが子の生きた証しを求め、学用品の山に名前をさがす親が今も訪れる。何日も、声がかれるまで叫んだであろう名を▼〈俺に似よ俺に似るなと子を思ひ〉。大正から昭和期の川柳作家麻生路郎(じろう)は、句の通りの子煩悩だった。それゆえ長男を小学生で亡くした悲嘆は大きく、一周忌に〈湯ざめするまでお前と話そ夢に来(こ)よ〉を捧げている▼震災で愛児を失ったご両親の思いも同じであろう。夢に来る顔、湯ざめするまで話し込む声は、永遠(とわ)に7歳や10歳や12歳。時はあの日のままだ。どうしてうちの子がの涙に、かける言葉はない。どうか自分を責めないで、と願うばかりである▼帰らぬ児童・生徒は、岩手、宮城、福島の3県で計千人を超えた。未就学の犠牲も多い。何の慰めにもなるまいが、その子の命日は、この国の誰もが胸に刻んで生きてゆく。時計たちが、忘れてはならない時刻で針を止めたように。