ギリシャ神話にあるトロイア王の娘カッサンドラの話を、このごろしきりに思い出す▼アポロン神に予言の力を与えられたが、次には、怒りを買い、予言はできても誰からも信じられないようにされてしまう。だから、彼女にはトロイアの滅亡が見え、あの「木馬」を引き入れるな、と叫んだのに、誰もそれを信じなかった▼大震災後の福島原発の危機はまだ収拾の糸口が見えない。放射能汚染は不気味に広がり、作業員三人が被曝(ひばく)する事態も起きた。では以前に、原発とは、これほど危ういものなのだと指摘する者はいなかったのか▼いや、いた。“予言”とは言わないが、多くの警告の書や主張があった。だが、われわれマスコミを含め社会はそれより、政府や電力事業者の言う「万が一の場合にも安全」を信じた。信じてしまった。結果は現状の通りだ▼この上は、原発とどう向き合うべきか。以前からの警告者の一人、作家の広瀬隆さんは、原発抜きでも国内電力需要はカバーできるとし、「運転しながらの安全対策強化」では悠長すぎると主張する(『週刊金曜日』)。われわれは今度もそれを<カッサンドラの予言>と聞くのかどうか▼今、国中に広がる原発立地図を眺め、今回の危機のずっと前に詠まれたこの歌の深さを思う。<やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふひい、ふう、みい、よ>高野公彦。