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本紙の川柳欄に、〈東北の桜それでも春を待ち〉があった。涙色の列島にも季節は巡り、暖地からはソメイヨシノの開花宣言が届き始めた。服喪に重なる花は、例年にもまして心を揺らす▼福島県三春町で住職を務める作家、玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)さんの寺も地震で塀が倒れた。「残った寺は避難所になり、通常の弔いも難しいと聞く。何よりご遺体の扱いが心配です。救援と供養を同時に進める苦渋を思うと、泣けてきます」。一昨年、玄侑さんが桜について記した一文が忘れがたい▼「非日常の時間が、束(つか)の間の開花に伴って訪れる。それは死にも似て、職業も地位も年齢もいっさい関係のない世界である。日本人は、ときおりそうして非日常の祭りをすることで日常をほぐし、エネルギーを充填(じゅうてん)して日常に戻ってくる」▼職業や地位に関係なく、万の命が奪われた。かほどの非日常の下では、束の間の桜さえ、間のびした日常に思える。観桜で満ちゆくはずの生を、作家は「死をはらんでいっそう充実する」と表現したけれど、花時を前に老若の生が断ち切られた▼助かると疑わぬまま、黒い波にのまれた人も多い。重ね着し、貴重品や非常食、アルバムなどを携えた亡きがらは、それぞれの生きる意志を無言で訴える。もう1秒、あと1メートルがそれを拒んだ▼夏目漱石に、この季節に早世した友に問うた句がある。〈君帰らず何処(いずこ)の花を見にいたか〉。みちのく路が桜に染まる4月半ば、海に空に、悲傷の問いかけが万と舞うだろう。私たち、生かされた者すべてに、忘れられない春になる。