「七十二時間の壁」という言葉がある。地震で倒壊した家屋などに閉じ込められた被災者の救命率は、三日目を境に大幅に低くなるという意味だ▼東日本大震災の発生から二百時間以上が過ぎた。もう生存者はいないのではないか。そんな諦めを吹き飛ばす奇跡が起きた。発生から十日目となったきのう、津波の被害が大きかった宮城県石巻市の倒壊した住宅から、八十歳の女性と十六歳の孫の少年が救出された▼閉じ込められたのが台所で、冷蔵庫にあったヨーグルトや水で水分補給ができたのが幸運だった。凍傷などの症状が出ているのが心配だが、意識ははっきりしているという。被災地に灯(とも)された大きな希望だ▼いまだに予断を許さない福島第一原発では、高い放射能濃度の中、東電職員たちの電源復旧に向けた懸命な作業が続く。自衛隊や東京消防庁による使用済み核燃料プールへの放水も継続されている▼菅直人首相はきょう、原発事故に対処している自衛隊、消防、警察、東電社員が拠点としている福島県内の施設を訪れ、激励する。首相が長時間、官邸を離れ、緊急の事態が起きた場合に対応できるのか。現場をパフォーマンスに巻き込むべきではない▼政府がいま、なすべきことは、最悪の事態も想定し将来、どんなことが日本に起きる可能性があるのかを隠さずに、丁寧に国民に説明することではないか。