目には見えない。においもしない。音も立てずに近づいてくる。風に乗って飛んでくる放射性物質は、実に手ごわい相手である。心理戦も得意だ。最悪の事態ばかり想像させる▼首都圏のスーパーなどで食料品やトイレットペーパーなど生活必需品の買いだめが起きている。これも、原発事故をはじめ、停電、余震という「見えない敵」におびえたパニックの一種なのだろう▼品切れになっているコメやパンの国内の在庫は十分にある。流通が回復すれば品不足はやがて解消されるのに、このまま買いだめが進めば、本当に物資を必要としている被災地に届かなくなってしまう。少し頭を冷やしたい▼メールでデマを流す輩(やから)もいる。義援金募集を装った詐欺などカネ集めに奔走する恥知らずな連中もいる。善意を食い物にする悪意を見破る賢明さも、こんなときだからこそ必要だ▼被災地には雪が舞い、真冬並みに冷え込んでいるという。三寒四温の「三寒」がこんなに恨めしい年もない。福島第一原発では、現場の作業員が危険を顧みず、悲壮な覚悟で原子炉の制御と格闘している。彼らの家族は無事を祈りながら、見守っているはずだ。同じ思いを共有したい▼「見えない敵」と闘っていくためには、政府と東京電力が正確な情報を迅速に提供することが欠かせない。たとえ、それが不安を募らせる悪い事実であっても。