米国の心理学者マズローが唱えた欲求段階説は、人間の基本的な欲求を五段階で説明している。ピラミッドの最下層は生理的欲求。食欲など本能的な要求が満たされないと、人は生きられない▼二つ目の安全の欲求は、暴力に生命を脅かされないことを求め、三番目は家族や会社、国などに属して、他者に受け入れられることを願う。四番目は他人からの称賛を求める欲求だ▼トップにある自己実現の欲求は、自分の能力や可能性を存分に発揮したいと思う気持ち。マズローは下層の欲求が満たされなければ、上層の欲求は生じてこないと考えた▼燎原(りょうげん)の火のごとく中東で広がる反体制デモは、独裁体制の下で生理的欲求や安全の欲求すら実現できない民衆たちの怒りの爆発にほかならない。立ち上がった人々に対し、リビアのカダフィ政権が演じたのは、信じ難い愚行だった▼空軍の戦闘機が首都トリポリの市街地を無差別に爆撃し、多数の犠牲者が出た。潘基文(バンキムン)国連事務総長が「激怒している」と異例の強い表現で非難したのは当然だ。カダフィ氏は国営テレビで国外脱出の情報を否定したが、命令を拒否したパイロットは亡命を求め、軍の将校や外国駐在の大使には離反の動きが広がる▼自国民を大量虐殺した体制は早晩崩壊する。独裁者と一族しか自己実現の欲求をかなえられない体制が、いつまでも続くはずがない。