北方領土問題がソ連崩壊以降、最も厳しい局面を迎えた。背景には大国復活を目指すロシアが、第二次大戦勝利を絶対視する歴史観を掲げたことがある。動揺せず忍耐強く交渉を続けるべきだ。
前原誠司外相は十一日からロシアを訪問する。外相訪ロを前にロシア側は昨年のメドベージェフ大統領の視察に続き国防相ら複数の閣僚が北方領土を訪問した。
北方領土はわが国固有の領土だ。強く抗議する。菅直人首相は「北方領土の日」の七日、「許し難い暴挙」と批判した。気持ちは分かるが、挑発的な言動は必ずしも事態の好転につながらない。
ロシアの強硬姿勢の背景には、資源輸出で回復した経済力があり、北方領土の実効支配を誇示する狙いがある。重要なのは、ロシアが大国復活を目指し、新たな精神的な支柱を求めていることだ。
ソ連崩壊で「社会主義の祖国」という精神的支柱を失ったロシアは新たなアイデンティティーを求めた。西欧への接近、ユーラシアをまたぐ大国。探し当てたのが第二次大戦での勝利を神聖視する「大祖国戦争史観」だ。
ソ連は、日本が降伏した一九四五年八月十五日以降、有効だった日ソ中立条約を踏みにじり、北方四島を不法占領した。同史観はこれを正当化し、政権幹部は「クリール(千島列島)は国内統合の象徴だ」とさえ強弁する。
しかしロシアはソ連ではない。資源に過剰に依存した経済ではグローバル競争に追いつけず衰退は必至だ。危機感を抱く政権は経済近代化を最優先課題としている。そこに北方領土問題解決のヒントが隠されているのではないか。
西側、特にロシアが求める先端技術を持つ日本の協力なしに経済の近代化は幻想に終わる。ロシアが四島返還方針を断念させようと圧力をかける一方、協力も求めるのは弱さの表れでもある。
再確認すべきは九三年に、「法と正義に基づき」四島を対象にした帰属交渉を行うことを確認した「東京宣言」の意義だ。独裁や対外拡張を特徴とするスターリン主義と手を切り、関係改善を図ることを日ロが確認した。
二〇一二年に大統領選を控え、ロシアの圧力が強まることが予想される。ロシア側が死文化を狙う東京宣言の再確認を迫ることが新たな日ロ関係の出発点になる。軽挙妄動は禁物だ。四島返還を求める原則的立場を堅持し、国民が団結してロシアに向き合おう。
この記事を印刷する