日常から遠く離れることに旅の妙味があるなら、お金を使って遠くに出掛けることだけが旅ではないだろう。例えば、JR鶴見線で京浜工業地帯のど真ん中を行くのも悪くない。朝夕は工場に出勤する人たちで混雑する路線も、昼間には猫がのんびりとレールを横切る姿を見かける。「都会のローカル線」ならではの光景だ▼工場や運河を突っ切って走った支線の終点は海芝浦駅。ドアが開くと、潮の香りが漂う。ホームの前に広がる京浜運河の向こうには、火力発電所の煙突や鶴見つばさ橋などが冬の日差しを浴びて輝いている▼鉄道紀行作家の故・宮脇俊三さんは自著『鉄道旅行のたのしみ』で、乗降客の少ない休日の鶴見線を「都会の秘境」に例えて、旅行に行きたいけれども、時間も金もないと嘆く人に勧めている▼確かにタンカーや貨物船などが行き交う光景を見ていると、日々の忙しさを忘れる。夜景も素晴らしいが、東芝関係者しか改札を出られない駅なので、終電の時刻には注意が必要だ▼関東地方はきのう、雪やみぞれが降った。寒さはしばらく続くようだが、立春をすぎて少しずつ寒さは和らいでいるようにも感じる。花粉症持ちには気は重くなる季節。それでも気分は浮き立ち、ふらりと旅に出たくなる▼さほど遠くなく、お金もかからないとっておきの場所をご存じの方、こっそり教えてください。