中東アラブ圏にあっても、エジプトは、石油をそれほど産しない。だが、笑話の“生産量”なら多分、一番だ。彼(か)の国ではそれを、ノクタと呼ぶ▼街の喫茶店などで生まれ、良作は流布される。例えば−。「アリのやつ、歯を抜いたんだが、それを鼻から取り出したんだって」「なんで口から取り出さなかったのさ」「おまえはロバか。どこに口を開くことができるやつがいる?」▼陽気で人懐っこい国民性。でも、政治的ノクタはそれゆえでなく、むしろ抑圧が生産を促している面がある。新聞が批判できるのはせいぜい閣僚までで、その上はご法度。それがムバラク大統領の許してきた“言論の自由”だ。その飢餓感をノクタは補う。かつてカイロに駐在したころには、大統領を揶揄(やゆ)した傑作もいくつか耳にした▼だが、もう笑話でやりすごすことなどできないレベルに、国民の怒りは達したのだろう。三十年に及ぶ専制と腐敗のムバラク体制に、終幕を求める民衆デモが続く▼無論、大統領の速やかな退陣、新体制への移行が望まれる。だが、その途上の混乱が犠牲者を増やさないか、国民が欲するような真に民主的な新体制になるのか、などと心配も募る▼どうかエジプト人が、ノクタのガス抜きなど不要な新国家を平和裏に手にできますように…。一度、ナイルの水を飲んだ者として、そう願わずにはいられない。