菅直人首相の施政方針演説に対する各党代表質問が始まった。衆院解散含みで激しい応酬は避けられないが、国民生活の立て直しは待ったなしだ。時間を空費せず、実のある論戦を展開してほしい。
冒頭から激しいやりとりだった。自民党の谷垣禎一総裁は、首相が打ち出した社会保障と税の一体改革について「マニフェストを根底から覆す一大政策転換である以上、解散して国民に信を問い直さなければならない」と要求。
首相は「現時点で解散は全く考えていない」と切り返した。
「ねじれ国会」では野党の協力がなければ予算関連法案を成立させることができない。特に特例公債法案が成立しなければ、二〇一一年度予算案の歳入約九十二兆四千億円のうち四割強の財源がまかなえず、事業執行が困難になる。
そうなれば首相は内閣総辞職するか、衆院を解散せざるを得ないだろう。解散含みの状況では、野党の舌鋒(ぜっぽう)は鋭くなり、与党は守りを固めようと頑(かたく)なになりがちだ。行き着く先は、不毛な非難の応酬であり、国会の機能不全である。
二年続いて国債発行額が税収を上回る異常な財政構造を放置するのか。国民生活と日本経済を立て直すために限られた財源をどう配分するのか。本格的な少子高齢化にどう対応するのか。日本の将来を見据えた制度設計は急務だ。
社会保障費の増大で、最終的には消費税率引き上げがやむを得ないとしても、まずは行政の無駄をなくすことが先決というのが、与野党の共通認識のようである。
ならば、どうしたら無駄をなくせるのかの議論に、まずは力を注いだらどうだろう。その共同作業を通じて与野党間に信頼関係ができれば、社会保障の制度設計をめぐっても与野党協議の機運が生まれるのではないか。
「ねじれ国会」では、野党も責任から逃れられない。国会運営は困難さを伴うが、政策論争を深める好機でもある。
気掛かりは、首相と民主党に謙虚さが足りないことだ。
首相の答弁や、衆院では政権交代後初めてとなる民主党の代表質問を聞くと民主党政権の「成果」を誇示するばかりで、マニフェストからの逸脱や、自分たちの見通しの甘さに対する反省がない。それでは野党の軟化は誘えまい。
自らの非を認めることが熟議の出発点と肝に銘じるべきである。
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