ロシアの首都モスクワのドモジェドボ国際空港が、自爆テロの標的になった。多数の人々が死亡した卑劣な殺傷は強く非難されるべきだが、憎悪と殺戮(さつりく)の連鎖は強権体制では断ち切れない。
犯行声明などは出ていないが捜査当局は、ロシア南部北カフカス出身とみられる男三人の行方をテロ容疑で追っている。
モスクワ中心部では昨年三月に、連邦保安局(FSB)本部の真下にある地下鉄駅などで連続爆破テロが起きた。FSBは最高実力者、プーチン首相の出身母体で、ロシアからの独立を求める北カフカス・チェチェン共和国の武装勢力指導者が犯行声明を出した。
プーチン首相とメドベージェフ大統領の双頭政権は国民にテロ壊滅を約束したが、近代的設備を誇るロシア最大の空港に対するテロを防げなかった。犠牲者には英国人ら、外国人も含まれる。事件は大国ロシアの復活を目指す政権にとって、深刻な打撃である。
テロの根源にある憎悪の歴史は根深い。独立心が旺盛なチェチェン人は十八世紀にカフカス支配を進めたロシア帝国に頑強に抵抗した。旧ソ連崩壊後も独立は許されなかった。プーチン氏は第二次チェチェン紛争でチェチェン制圧を達成するが、全土は廃虚と化す。二度の紛争で二十万人以上の市民が死亡し、過酷な人権弾圧は欧米の批判を浴びた。
一方で、絶望的な抵抗を続ける独立派はイスラム過激主義の影響が色濃いテロ組織に変質した。北カフカス全域に活動が拡散、国際テロ組織アルカイダとの関係も指摘される。
これに対し双頭政権が打ち出すテロ対策は治安機関の権限強化など、相変わらず強硬措置が主体だ。反体制勢力や自立的な社会団体は壊滅状態にある。息が詰まる社会で、テロ防止への市民の積極的な参加は困難となっている。
最近、民族主義集団による排斥集会が相次ぐなど、カフカス系とロシア系市民の民族対立が高まっている。ロシア民族主義者は最貧地域である北カフカスに対する政府のインフラ整備計画にも反対する。事件を機に民族主義が台頭する事態は避けたい。
二〇一四年に冬季五輪が開催されるソチは北カフカスにあり、国際的懸念も高まっている。国際社会は、「警察国家化」ではなく、「開かれた社会」によるテロリスト包囲に向けた取り組みを促すべきではないか。
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