尖閣事件のビデオを流出させた元海上保安官が起訴猶予となった。流出は事件への政府の姿勢が、迷走したことにも原因がある。これを機に公務員の守秘義務の罰則強化を図る方針は筋違いだ。
元海上保安官が起訴猶予の不起訴となったのは、海保内では尖閣ビデオの保管がずさんで、誰でも容易に見られる状態にあり、刑事責任を問うのは困難と検察が判断したためだ。元保安官は既に停職の懲戒処分を受け、自ら退職していることも考慮されたのだろう。
そもそも、尖閣ビデオが本当に秘密にあたるのか疑問が残る。国家公務員法の守秘義務違反に問うためには、形式的に秘密にしているだけでは無理だ。非公知の事実で、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものでなければならない。
衝突事件そのものは当初から公表されており、映像の一部は国会議員にも見せられていた。日弁連は「秘密にあたらず、『嫌疑なし』とすべきだった」と主張する。
この問題で見逃せないのは、政府が公務員の守秘義務について罰則強化を図ろうとしていることだ。仙谷由人前官房長官は「抑止力が十分でない」と発言し、秘密保全に関する有識者会議を今月上旬、既に立ち上げている。
しかし、根本原因は、事件に対する政府の判断が揺れたことにもあるのではないか。衝突事件当初は中国人船長を逮捕する強硬策だったのに、中国側の圧力で、やがて船長を釈放する柔軟な姿勢に転じた。対中外交を優先した政権の意向が反映したのだろう。
ビデオの扱いも、その動きと連動するかのようだ。多くの海保職員が閲覧可能だったのに、国土交通相が厳重管理を指示したのは一カ月以上たってからだ。
一連の流れを見ても、政府が自らの“失策”を糊塗(こと)し、公務員の罰則強化を打ち出すのは筋違いと言わざるを得ない。
公務員が秘密を守らねばならないのは当然だが、実質的な秘密にあたるかどうか、整理されていなければならない。
何でも秘密にしては、政府に都合の悪い情報さえ、隠されてしまう恐れがある。情報公開の時代、説明責任が重視される時代にそぐわない。
中国人船長も不起訴になり、事件は幕引きとなった。尖閣ビデオをいつまで非公開にするのか。その理由は何か。政府は明確に説明すべきだ。
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