かつて、旅の途中で、チュニジアの首都チュニスに立ち寄った時のことだ。こちらを日本人と知るや、土産物店の青年が片手の指を四本、他方の手の指を一本立てるしぐさをして大笑いした▼何かと思えば「4−1でチュニジアが勝つ」。時は二〇〇二年サッカーW杯の直前。一次リーグ同組の日本には大差で勝つと言いたかったわけだ。思わず「いやいや、日本の楽勝だ」と言い返したが、思えば平和なやりとりだ。ちなみに結果は2−0で日本が勝った▼その地に栄えた古代都市国家カルタゴは滅亡前の紀元前二〇一年、ローマの傀儡(かいらい)国家となる。いわゆる「カルタゴの平和」だ。完全隷属を強要された上での平和。ある意味、現代チュニジアにも通じる面があったかもしれない。表面は平穏でも、人々は長くベンアリ大統領の独裁体制に苦しめられてきた▼その大統領が最近、民主化を求める民衆のデモに抗しきれず国外に脱出した。ただ、ベンアリ氏に近い勢力が残る暫定政府には国民の不満が強く、なお情勢は不安定のようだ▼民主化のうねりには無論、拍手を送りたい。けれど、表面的平穏ではあっても悪いなりの均衡を保っていたシーソーだ。それが、たとえ良い方にではあってもガタンと傾く時、争乱は拡大しやすい▼国民が「新国家」を得るための痛ましい代償を支払うことがないように。そう、切に願う。