物理学者で随筆家としても知られる寺田寅彦は、こんな言葉を残した。<健康な人には病気になる心配があるが、病人には回復するという楽しみがある>。病人を励ましたいと思うときにしっくりくる▼でも、この言葉をのみこむしかない重篤な症状の人もいる。いつ発症するかと“時限爆弾”におびえる人には気休めにもならないだろう。B型肝炎の未発症者(無症候性キャリアー)はそんな人たちだ▼集団予防接種で注射器の使い回しを放置した責任を問うB型肝炎訴訟の和解協議で、札幌地裁は焦点だったキャリアーについて一人当たり五十万円の和解金の支払いを求め救済の道を開いた。国は受諾する方針で、全面解決への道筋がようやく見えてきた▼戦後、長い間、集団予防接種は義務だった。子どもたちをさまざまな感染症から守るのと同時に、多数の死者を出すなど深刻な副作用も残した。注射器の使い回しによるB型肝炎の感染者は、全国で四十万人以上と推定されている▼B型肝炎による肝臓がんや就職や結婚にハンディを負うキャリアーに、私たちのだれがなっても不思議ではなかったのだ▼全員の救済には、三十年で約三兆円の財源が必要という。巨額だが国民で分かち合うしかない。「寒さでいてついた心が解けていくように感じた」。ある原告はそう語っていた。その思いを正面から受け止めたい。