国民は飢えているのに、核兵器を造る北朝鮮。昨年は韓国の離島を砲撃した。暴走を止めるには、周辺国が連携し圧力と対話を駆使するしかない。
軍事力で威嚇して相手に譲歩させ、交渉条件を有利にして見返りを要求する。この「瀬戸際戦術」が北朝鮮の常とう手段だが、最近の行動は常軌を逸している。
昨年十一月、訪朝した米核科学者にウラン濃縮施設を見せ、プルトニウム抽出に加え新しい核製造技術があることを示した。その十一日後には黄海に浮かぶ韓国領延坪島に砲弾を撃ち込み、韓国の兵士と住民計四人が死亡した。
◆後継体制確立への焦り
これまでは核の威嚇と韓国に対する軍事挑発を同時に行うことはなかった。金正日総書記には脳卒中の後遺症がある。指導力に問題はないと誇示し、国内引き締めのためあえて危機をつくりだす必要があったようだ。
三男正恩氏が昨年九月、後継者として公式デビューした。人民軍大将の称号を受け、労働党中央軍事委員会の副委員長に就任した。軍事大学で学んだ「砲術の天才」と宣伝されるが、まだ二十七か二十八歳で、経験も実績も足りない。金総書記には自らが健在のうちにまず正恩氏に対する軍部の忠誠を固め、後継体制を確立したいという焦りがあるのではないか。
黄海には韓国側が設定した海上境界線があるが、北朝鮮はこれを無効だと主張する。延坪島砲撃は境界線変更の交渉を迫る威嚇という側面もあった。
北朝鮮の戦略は二つに集約される。「核保有国」としての地位を認めさせ、核凍結や放棄の見返りに大規模な経済支援を要求する。朝鮮半島と周辺に軍事力を展開する米国と交渉し、自国の体制維持を図ることだ。
米韓のシンクタンクは北朝鮮が年内にも三度目となる核実験や、米本土に近づく長距離弾道ミサイルの試射をする可能性があると警告する。今年も危険な「賭け」は続くとみるべきだろう。
延坪島砲撃で李明博政権は、昨年三月に韓国哨戒艦が魚雷攻撃で沈没した時より強硬姿勢で臨んだ。同盟国・米国との合同演習を黄海で実施。米原子力空母「ジョージ・ワシントン」やイージス艦が参加し、艦上のミサイルは北朝鮮全土を射程に入れた。
北朝鮮軍はこの間、警戒態勢を強いられ乏しい装備や燃料を消費することになった。米韓が圧倒的な軍事力を見せつけて、新たな挑発を抑えたといえよう。
◆民間人犠牲に謝罪せよ
朝鮮半島の緊張はまだ沈静化していないが、年が明けてわずかだが変化の兆しが出てきた。
北朝鮮は労働党機関紙「労働新聞」など三紙の新年共同社説を通じ、軍を統治の柱とする「先軍政治」の強化を掲げたが、その一方で「対話と協力を進めて南北関係を復元していく」との見解を示した。李明博大統領は年頭演説で、北朝鮮に対し「核と軍事的冒険主義を放棄せよ」と迫りながらも「対話のドアはまだ閉ざされていない」と述べた。
米国と中国もワシントンでの外相会談で、南北関係改善を呼びかけた。オバマ政権は北朝鮮のウラン濃縮を放置すれば新たな核拡散を生むという危機感を強め、外交解決の道を模索し始めたようだ。中国はまず南北対話を実現させ、次に六カ国協議開催につなげたい意向だろう。
南北対話再開にはまず北朝鮮が延坪島砲撃、とりわけ韓国の民間人犠牲に対し謝罪することが第一歩になろう。朝鮮中央通信は事件後「民間人死傷者が発生したのが事実なら極めて遺憾なこと」と報じているが、当局者が直接表明する真剣さを望む。
周辺国は北朝鮮に非核化に取り組む具体的な行動を要求している。核廃棄を約束した六カ国協議の二〇〇五年共同声明の履行が必要だ。国際原子力機関(IAEA)の監視要員復帰も速やかに実行すべきだ。
日本にも重要な課題がある。朝鮮半島有事の際は在留邦人救出を迫られるから、韓国政府に安保協力強化を働きかけたい。北朝鮮の動向を正確につかむには、影響力を持つ中国との外交関係を早期に再構築しなくてはならない。
◆軍拡中断し食料確保を
先軍政治は民衆の暮らしを犠牲にする。各国の支援は増えず、食料不足は深刻だ。韓国研究者が脱北者の調査を基に推定したら、北朝鮮の十、二十代の身長は韓国の若者と比べ、男女とも七、八センチも低いという結果が出た。
北朝鮮は核やミサイル開発など軍拡路線を中断し、資金や資材の一部でも食料確保に充てるべきだ。食料事情が改善しなければ、やがては後継体制が根底から揺らぐ日が来るだろう。
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