その男は、サウジアラビアで十五年間、脳外科医として働いた。エジプトに帰国後も、いろんな病院に請われて度々、脳外科手術のメスを握っていた▼ところが、この男の学歴は、実は小学校卒。いわゆるニセ医者だったのだ。何年か前、中東の有力紙が報じた話である。こともあろうに脳外科医なんて、最もかかりたくないニセ医者ではないか。しかし、報道によれば「行った手術はすべて成功だった」というので二度驚いた覚えがある▼ある“医師”が免許を持たないニセ医者だった、と明らかになるケースは時々あるけれど、この男の場合のように、案外、患者に頼りにされる“名医”だったりすることもあるから不思議である▼さて、こちらは本物の医師の話だ。奈良県の病院で、医療費が全額公費負担となる生活保護受給者百四十人に必要のない心臓の血管手術が行われていたらしい。主に手術で執刀していたのは、既に診療報酬詐欺で有罪が確定している経営医療法人の理事長だったという▼半数近い患者はまったく血管が詰まっていなかったそうだ。金目当てで、そういう人を手術するのは、してもいない医療行為で診療報酬をくすねるよりさらに悪質だろう。金の亡者ぐらいの言葉では追っつかない▼いわばニセ手術で稼いだ本物の医師なのだからあきれる。ニセ医者の“名医”たちが、少し愛(いと)おしく思える。