江戸時代の元旦、掃除に使った汚れた雑巾を床の間に置き忘れたお手伝いの女性が主人に叱られていた。ちょうど、年始にやってきた大田南畝(なんぽ)(蜀山人)が、狂歌を詠んで助け舟を出したそうだ▼<雑巾も当て字で書けば蔵と金 あちら拭く拭く こちらふくふく(福々)>。南畝の研究家でもある落語家の春風亭栄枝さんから教えていただいた▼南畝は、幕府の下級役人として働きながら洒落(しゃれ)本などを数多く発表。勅撰(ちょくせん)の「千載和歌集」のパロディー版である「万載狂歌集」を編纂(へんさん)し、江戸に空前の狂歌ブームを起こした▼彼が活躍したのは老中田沼意次の時代。「賄賂政治家」として描かれるが、民衆を富ませて幕府の財政を立て直そうとした田沼時代は、江戸人のユーモアと反骨を体現した狂歌をはじめ、多彩な町人文化が花開いた時代でもあった▼町人とも喜んで交わった南畝の自宅には年始客が絶えなかったそうだ。そこで、こんな狂歌を張り出した。<初春は 他人の来るこそ うれしけれ とは言うものの お前ではなし>。来客も思わずにやりとしただろう▼東京・築地市場の初競りで、北海道産本マグロが過去最高の三千二百四十九万円で落札された。正月から景気のいい話もある。とかく、後ろ向きの話ばかりが目立った年始め。南畝にならって、しかめっ面した権威を笑い飛ばしながら元気に進みたい。