クールジャパン(カッコいい日本)。世界が日本の大衆文化に注ぐまなざしです。発信地東京のさらなる力量が試されます。東京が世界を拓(ひら)くのです。
昨年十月、週刊少年ジャンプを発行する集英社がトルコのイスタンブール現代美術館で漫画展を開き、反響を呼びました。人気作品の原画を展示したり作画工程を上映したりしました。小学生たちが先生に連れられて社会見学に訪れたというのですから驚きます。
◆ジャポニスムの再来
周辺のイスラム諸国の潜在需要は高いとみて、集英社は手始めに親日国家トルコでの漫画の出版計画を立てているそうです。米国ではすでに八年前から英訳版の月刊少年ジャンプを出していて三十万部近くが売れています。
漫画やアニメ、ゲーム、映画や音楽、ファッションまで日本の大衆文化が世界を魅了し、クールジャパンと呼ばれています。バブルが崩壊して日本人がふさぎ込んでいるうちに芽生えた現象です。
今や「マンガ」や「オタク」は世界共通語です。東京・秋葉原を中心とした文化はインターネットの普及と相まって瞬く間に地球を駆け巡り、同好の国際コミュニティーを誕生させました。
十九世紀半ば、陶磁器の包み紙に使われてフランスに渡った葛飾北斎の漫画が印象派の浮世絵ブームに火をつけ、ジャポニスムが欧米諸国を席巻したことはよく知られています。クールジャパン現象をその再来とみる向きは少なくありません。
水木しげる氏の漫画「のんのんばあとオレ」や滝田洋二郎監督の映画「おくりびと」が国際的に高く評価されたのは近年の象徴的な出来事でしょう。
クールジャパンの呼び名は米国人ジャーナリストのダグラス・マッグレイ氏が「日本のグロス・ナショナル・クール」という論文を二〇〇二年に発表してから定着したようです。
◆支え合いの心を紡ぐ
経済指標の国民総生産(GNP)になぞらえ、ポップカルチャーの力を示す指標としていわば国民総カッコよさ(GNC)を提唱したのです。
そんな日本の大衆文化を学ぼうと来日する外国人留学生がたくさんいます。
東京都内の宝塚大大学院でアニメを専攻する中国人の馬穎寅(マーエイイン)さん(24)はクリエーターの先生になるのが目標です。文化産業を後押しする中国では大学の多くにアニメのコースがあり、馬さんも学士の資格は上海で取得しました。
でも「日本人のこまやかな性格や生活習慣を知らないと、実力が身に付きません」と断言するのです。登場人物にどんな個性を与えるか。物語をどんな具合に運ぶか。いくら表現技術が巧みでも、そこに魂を吹き込む力を養うには日本留学は不可欠だといいます。
同じように考える留学生は多いそうで、まるで日本人そのものが教科書のような存在なのです。
日本の漫画やアニメがなぜ政治や宗教、民族、慣習などが違う海外で脚光を浴びるのでしょうか。
「日本的想像力の未来−クール・ジャパノロジーの可能性」(NHKブックス)によれば、美術作家の村上隆氏は「友情だったり愛情だったりを一人ひとりが共有できる」ことが作品のテーマとして貫かれていると指摘しています。
貧しさを背景に生み出された文化ゆえの、広く大衆の心をとらえようと絞り出された知恵だというのです。
人気ゲーム「太鼓の達人」などを手掛けた宝塚大の川村順一教授は「日本は敵を倒して生き抜くという一神教の国ではなく、いわば八百万神(やおよろずのかみ)の国です。日本人の発想の根底には和を尊ぶ思いが流れているようです」と見ています。
例えば、米軍は戦争ゲームをつくりネット上で配布して募兵に利用しています。日本では反戦思想を基調とした戦争ゲームが好評を博しています。そんなところに一端が表れているというのです。
自然とどう共生し、異質とどう共存するか。グローバル化の荒波は厳しい問いを世界に突きつけています。それに対し、人びとの支え合いの精神で立ち向かおうとする営みが日本の大衆文化の本質ではないかと思うのです。
◆東京人が秘める底力
クールジャパン現象はピークを過ぎたともいわれます。でも忘れてならないのは、その原動力は東京でごく普通に暮らす人たちだったという事実です。東京人の日常にこそ世界をリードする力が秘められているのです。
この春にはそんな東京の新しい顔を選ぶビッグイベントの都知事選が待っています。東京人の支え合いの心にどう磨きをかけて世界に発信するか。東京をもっとクールにする知恵を競い合ってはどうでしょうか。
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