HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 18051 Content-Type: text/html ETag: "216cce-4683-e2903e40" Cache-Control: max-age=5 Expires: Tue, 28 Dec 2010 03:21:42 GMT Date: Tue, 28 Dec 2010 03:21:37 GMT Connection: close
Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
米国のフォード元大統領は不器用な人だったらしい。どのぐらい不器用かというと、冗談めかして「あいつは歩きながらガムがかめない」と言われるほどだったそうだ。半面、それゆえの飾り気のなさと、誠実感が持ち味の人でもあった▼そんな話を、クリスマスの日に思い出した。混雑する地下鉄駅の階段を上ろうとしたら、若い女性が倒れ落ちてきた。下りながら携帯を操作していて、踏み外すか、人ともつれるかしたらしい。何人かが駆け寄ったが、けががないのが幸いだった▼一刻も待てないのか待ってもらえないのか、雑踏で熱心に携帯をいじる人は結構いる。その姿は傍らに人無きがごとしだ。フォード氏が存命なら驚くだろう。いじるか、歩くか、どちらかにできないものか▼死亡事故も起きている。駅のホームで携帯画面に熱中するうち縁(へり)に近づき、入ってきた電車と接触したという。本人だけでなく、先の女性のような場合は人を巻き込む恐れもあろう。自転車に乗りながら、などは不届き千万である▼さて仕事納めの日を迎え、街の忙(せわ)しなさも今日あたりが盛りだろうか。作家の幸田文は昔、「押しつまる」という随筆を小紙に寄せた。〈歩道だって素直には歩けない、人がみんなやけにぶつかって来る〉。〈こういうなかにいると、「とげとげした速さ」が伝染して困る〉。昭和30年代の歳末の世相である▼何かに追われるように先を急ぐ気分を「追われ心」と言う。スピードアップした現代だが、ひとつスローに、不器用に。心はゆるやかに1年を締めたい。