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天声人語

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2010年12月17日(金)付

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 山奥に分け入った猟師、谷川を流れ来る塗り物を見つけ、まだ奥に人の営みがあったかと驚く。隠れ里の伝えである。平家の落人がひっそり暮らしていたといった話は各地にある。そんな伝説が魚の写真に重なった▼絶滅したはずのクニマスが、山梨県の西湖(さいこ)で生き延びていた。秋田県の田沢湖だけにいた魚は、70年前の導水工事と酸性化で死に絶えた。工事の5年前、西湖などに卵を放流した記録が残っており、難を逃れた一族が富士の懐でひそかに血をつないでいたらしい▼魚類に詳しい人気者、さかなクンのお手柄だという。旧知の京大教授からクニマスのイラストを頼まれ、参考用に集めたヒメマスに奇跡が紛れていた。類は友を呼ぶ、である。人の都合で葬られた魚の「再発見」に、少しばかり救われた▼絶滅の恐れがある動植物を網羅したレッドリストは、いつも悲しい方向に改訂されてきた。明治末に絶えたニホンオオカミなど、剥製(はくせい)や標本があればいいほうで、多くが何も残さずに消えている▼永遠の美を欲し、村娘が竜と化す田沢湖の辰子姫(たつこひめ)伝説。変わり果てた姿を嘆き、母親が湖面に投げつけた松明(たいまつ)は魚になる。なぜこの湖だけなのか、素性がはっきりしないクニマスにふさわしい伝承である▼地元の直木賞作家、千葉治平(じへい)さんは生前、「北海道に放流してやれば深湖魚として生き残ったかもしれない」と、その絶滅を惜しんだ。ご安心を。松明はどっこい燃え続けている。人の手で異境に移されたことは、この種に限っては幸いだった。そのねばりに報いたい。

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