師走に入り、寄席で聴く落語にも、季節感のある噺(はなし)が増えてきた。大みそかの借金取りを巧みにあしらう「掛け取り」、冬の夜の寒さが立ち上ってくる「時そば」、夫婦の情愛が染み入る「芝浜」などが定番だろうか▼いまは江戸・吉原を舞台とする廓(くるわ)噺も自由に演じられているが、太平洋戦争の直前には、五十三種類の落語が禁演になった。戦争前夜の重苦しい空気の中、花魁(おいらん)や妾(めかけ)などが登場する艶笑落語を自粛したのだ▼落語家たちは浅草・本法寺に「はなし塚」を建て、台本を葬った。あえて法要を営むところにささやかな意地を感じるが、情緒豊かな江戸落語の伝統は途切れ、復活したのは敗戦の一年後だった▼作家の吉村昭さんは、城山三郎さんとの対談で「戦争が終ったときの一般のマスコミの風潮というのは、一部の軍国主義者が戦争を指導したというんだけれど、そうじゃないんですよ。われわれがやった。国民がやったんですよ。それを責任転嫁している、文化人と称する人たちは」と語っていた▼国民は戦争へ向かう巨大な渦に巻き込まれながら、熱狂して戦争の遂行を支えた。率先して国民的熱狂をあおり、燃え上がらせた新聞の責任の重さをあらためて自覚する▼きょう十二月八日は太平洋戦争の開戦から六十九年。艶っぽい江戸落語を楽しめる幸せをかみしめつつ、歴史の歩みを見つめ直したい。