HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 17399 Content-Type: text/html ETag: "81a95b-43f7-6713b880" Cache-Control: max-age=5 Expires: Wed, 01 Dec 2010 01:21:46 GMT Date: Wed, 01 Dec 2010 01:21:41 GMT Connection: close
Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
東京あたりでも秋の後ろ姿が小さく霞(かす)み、はや師走である。昭和天皇の侍従長を長く務めた入江相政(すけまさ)さんが、冬に思い浮かべる香りを随筆に残している。招き入れられた茶室の、ほのかな炭火のにおいだという▼入江さんにとって、炭火は夜の書斎のにおいでもあった。学生時代や、終戦後の窮乏期の記憶である。〈敗れ果てた日本にも、まだこれだけの贅沢(ぜいたく)は許されていると思った……ここにはまだ「日本」というものが、豊かに息づいているじゃあないかと、思った〉▼昨今、炭火を見ることはそうない。見かけても、上で音を立てているのは鰻(うなぎ)だったり手羽先だったり。いにしえの日本を連れて来るべき微香は、食欲をそそる薫煙のかなた、ようとしてうかがえない▼煙突や暖炉を据えにくい木造家屋は、煙を出さず火力が長持ちする炭を求め、火鉢と七輪の暮らしが生まれた。こうして居間や台所を支えてきた炭も、もはや日常からは遠い。炭焼きは師弟で継ぐ職人技になった▼先ごろの本紙で、杉浦銀治さん(85)が紹介された。農林省で炭の研究に励み、今も内外で炭焼きを教えている。杉浦さん編の児童書『火と炭の絵本』に、「炭を通して、火の大切さ、森の大切さがみえてくるんじゃないかな」とある▼電気やガスは便利だが、代わりに炭や薪(まき)が廃れ、用済みの雑木林が消え、里山が荒れる。〈豊かに息づく日本〉の衰微を見るにつけ、去来するのは入江さんが使った贅沢なる一語だ。自然と響き合うまほろばの原風景に思いを致すなら、深々(しんしん)と冷え込む夜半がいい。