驚いた。名古屋市の河村たかし市長が辞職して、出直し市長選に再出馬するという。議会の解散請求が不成立の見通しとなった責任というが、あなたに期待した大きな民意に応える責任はどうする。
昨年四月の市長選で五十一万票という過去最多の得票で当選してから一年七カ月。任期を半分以上残し、あまりに突然の表明だ。
再出馬するとはいえ、重い負託を途中で投げ出すのに、どんな大義名分があるというのか。
確かに、最大公約だった市民税10%減税の恒久化や議員報酬の半減は議会に阻まれている。議会解散を求める署名活動を主導して四十六万五千人分集めたが、十一万人分以上が「不備がある」と市選挙管理委員会に無効とされ、解散の賛否を問う住民投票実施には一万二千人分足りなかった。
署名した市民らは今、署名簿の縦覧場所に足を運んでいる。自分の署名が無効なら異議を申し立て、必要数に届くよう懸命だ。署名しなくとも河村改革に期待している市民も多いだろう。こんな市民の思いを軽視していないか。
辞職は「リコール不成立のけじめ」で、再出馬は「もう一回やらせていただいてもいいですか、ということ」と説明するが、納得する市民がどれほどいるか。
このまま市長選を行っても、多くの市民の支持を集める河村市長の優位は揺るがないかもしれない。ならば何のための市長選か。果たして、市民のためなのか。
河村市長は今すぐでなく、十二月下旬に辞職するという。市長選を来年二月の愛知県知事選とダブル選挙にするためだ。知事選に挑む盟友の大村秀章衆院議員(自民)と連携し、ダブル勝利を目指す戦略が見えてくる。
不可欠な選挙なら、市民もいとわない。けれど市長選を、知事選で盟友の援護射撃に利用しようということなら「選挙の私物化」とみなされても仕方あるまい。
辞職から市長選までの年末年始は、名古屋市が来年度予算を編成する最も大事な時期だ。なのに肝心の市長が不在となる。
減税恒久化も報酬半額も、これほどの署名数となった民意に押され、議会側は歩み寄らざるをえなくなった。現在の十一月議会で賛成に回る会派も出てきたが、対立の構図に逆戻りする心配がある。
いよいよ市政を動かし始めたこの民意の力。これを味方に、今は選挙ではなく、仕事をする。考え直す時間はまだある。
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