<僕のような罪を犯さないために、僕の経験を反面教師として役立ててもらえば、この世に生まれてきたことに、少しでも意味があったと言えるかもしれません>。千葉県市川市で一家四人を殺害し、最高裁で死刑が確定した被告から、九年前の判決直前に届いた手紙はこんな内容だった▼犯行当時十九歳一カ月。少年時代の罪で死刑が確定したのは、連続射殺事件の永山則夫元死刑囚以来だった。接見を重ねる中、残虐極まりない犯罪と礼儀正しい青年の姿が重ならず戸惑いを覚えた▼罪を犯した少年も教育や環境で大きく変わる可能性を秘めている。それが少年法の理念だろう。将来立ち直ることができるかどうか。その見極めはプロの裁判官でも難しい▼裁判員裁判で二度目の死刑判決が下った。被告は三人を殺傷した犯行時十八歳七カ月の少年だ。仙台地裁で判決後、記者会見に応じた二人の裁判員は「涙をこぼし悩み抜いた」などと、重圧で押しつぶされそうだった苦悩をにじませた▼少年に極刑を下すのに、五日間の審理、三日間の評議は十分だったのか。成育歴の議論は尽くされたのか。守秘義務のある裁判員の肉声や、判決理由からは伝わってこなかった▼凶悪事件を起こした少年は、恵まれない家庭環境で育った者が多い。裁判員が、痛ましい事件からくみ取った教訓を、社会で共有する仕組みを考えたい。