そこに、複数の農家の共有地である放牧場がある。個々の農民は一頭でも多くのヒツジを放牧するのが得だと考える▼だが、みながそうすると放牧地は瞬く間に荒れ果ててしまう。米国の生物学者ハーディンが四十年以上前に提唱した「共有地の悲劇」。個々には合理的に思える選択が全体を破綻(はたん)させてしまうというモデルだ▼自然破壊など、さまざまな問題で引き合いに出されるが、大学生の就職活動にも当てはまる気がする。近年の早期化、長期化は異常だ。一部では三年になる前から始まるというからまさに“長距離走”。学生は疲れ果て、大学教育で身に付けるべきことも半端になれば、旅などで、その時期ならではの経験を積む機会も減る▼個々の企業はいい人材を早く確保するのが得だと思う。だが、それが全体としては、頼もしい人材を得ることを難しくしているのではないか。経済界全体が現状の見直しに動くべきだ▼今年はことに厳しい就職戦線である。数十社に断られた学生がいると聞けば、胸が痛む。×(ペケ)をいっぱいつけられたような気分だろう。せめて、米国人ながら長野県の造り酒屋の経営を立て直した女性の話を紹介させてほしい▼取材した本紙記者に、異郷での苦労にめげぬ気の持ちようをこう表現したそうだ。腕を斜めに組んで×を作り、それを傾けながら「×を倒すと、+(プラス)になるでしょ?」。