ツルゲーネフの小説を訳していた二葉亭四迷が、「アイ・ラブ・ユー」に相当するロシア語をどう訳そうかと迷った末、「死んでも可(い)いわ…」という訳文をあてた逸話は、よく知られている▼告白の表現として「愛している」という言葉は、当時の日本では一般的ではなかったからといわれていた。ところが、ロシア語の通訳者で作家の故米原万里さんが、自著『不実な美女か貞淑な醜女か』でこのエピソードを紹介すると、原文と比較した読者から誤りだと指摘を受けたという▼「死んでも可い」と訳したのは、日本語で「あなたのものよ」という意味のロシア語で、「愛している」ではなかったのだ。米原さんは、文庫版で丁寧な謝罪と感謝の気持ちを伝えている▼「あなたのものよ」という言葉でも、それを「死んでも可いわ…」と意訳した文学的センスを「驚くべきもの」と米原さんは評したが、四迷のエピソードが腑(ふ)に落ちるのは、恥ずかしさが先に立って「愛している」と面と向かって言える日本人は少ないからだろう▼きょう十一月二十二日は、語呂合わせで「いい夫婦の日」。制定を推進してきた団体は「ありがとう」「愛している」をバラに込めて、などとPRしている▼なんだか、商業ベースに乗せられるようで、しゃくだ。だったら、「愛している」とじかに言ってみようか。でも、やっぱり無理かな。