懸命に、いいメロディーをつくり、いい演奏をして、何とかヒットを、と願っている人にすれば、ちょっと鼻白む話かもしれない▼何でも、一切、音楽のない“曲”が最近、英国でヒットチャート上位に入ったのだという。現役、退役軍人を支援する団体が出した『二分間の沈黙』。ダウンロードすると、キャメロン首相ら著名人が登場するビデオ映像が得られるが音は入っていない▼連想するのはやはり、米国の作曲家ジョン・ケージの恐らく最も知られた作品『四分三十三秒』。現代音楽というと不協和音が鳴り響くようなイメージも強いが、この作品は安心してお薦めできる▼不協和音はない、というより音楽は一切奏でられない。三つある楽章はすべて休み。演奏家は全体で四分三十三秒の間、何も演奏しない。その時、聞こえ始めるのがざわめき、空調機のうなる音といった周囲の多様な雑音だ。それが禅の影響を受けた作曲家が企図した“音楽”らしい▼少し前、米国の十代に難聴が急増しているとのニュースがあった。日本でも若者に人気の携帯音楽プレーヤーの影響を疑う専門家も多いそうだが、こういう曲なら、そんな心配はまるでない▼芸術の秋。インターネットの動画サイトでは『四分三十三秒』を大編成のオーケストラ版で“聴く”こともできるから、一度、お試しを。さて、何が聞こえてくるか。