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100年前のきょうトルストイが没したのは、家出をした旅先の片田舎の駅だった。世界の尊敬を集めたロシアの大文豪が82歳にして家出をし、いわば野垂れ死にした「事件」は様々に取りざたされた▼噂(うわさ)の中心は妻ソフィアだった。日本でも戦前、作家の正宗白鳥が「山の神を恐れ……おどおどと家を抜け出て」と恐妻ゆえの家出を論じた。これに批評家の小林秀雄が「果(はた)して山の神なんかを怖(おそ)れたか。僕は信じない」とかみついた。文豪の思想と実生活をめぐる名高い論争である▼真相はともあれ、家出事件で文豪の妻は世界的に悪妻のレッテルを張られる。ソクラテスの妻とともに「三大悪妻」の動かぬ地位を占めてきた。もう一人にはモーツァルトやナポレオンの妻たちの名があがる。「うちの山の神!」と仰せの方も、まあ、おられようか▼暦を眺めると、週明けの11月22日は「いい夫婦の日」である。平成22年だから「夫婦」の記念年でもある。しかし近年、熟年夫婦の間に立つ波は、いささかならず高いようだ▼夫が疎まれるケースが多いらしい。増える熟年離婚の約8割は妻からの三行半(みくだりはん)という。「ウチは大丈夫」。そう思っている夫にかぎって危ないと聞けば、首すじが寒くなる御仁もあろう▼ソフィアについては、悪妻どころか献身的だったと見る説もある。ただトルストイという存在が途方もない重荷で、追いつめられたのだと。文豪夫妻の生涯を偲(しの)びつつ、われら凡人は〈妻愛す妻につながる人愛す〉今川乱魚。この一句、妻を夫(つま)に置き換えることもできる。