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Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
亡くなった作詞家、星野哲郎さんの音楽事務所の名は「紙の舟」という。流行(はや)り歌のはかなさを、水に浮かべると溶けて沈んでゆく紙の舟に重ねたのだそうだ。それを知りつつ、紙の舟に慕情と夢をのせて、くる日もくる日も川に流す。「生涯一船頭」だと自著につづっている▼流した「舟」は4千を超える。はかないどころか昭和を彩る名歌たちである。「アンコ椿(つばき)は恋の花」「函館の女(ひと)」「三百六十五歩のマーチ」「男はつらいよ」「昔の名前で出ています」……。訃報(ふほう)に接して口が勝手に歌い出した人も、きっとおられよう▼作詞のヒントにと、いつも言葉の断片を拾い集めていた。盛り場での会話や、小耳に挟んだ片言を、コースターや割り箸(ばし)の袋など何にでも書きとめた。巷(ちまた)には生きた言葉があるからだった。マッチの燃え残りで書いたこともあるという▼ポケットに入れて持ち帰る「メモ」は、妻の朱実さん(故人)が清書した。何十冊ものノートになって残っているそうだ。言葉はいつしか熟成し、珠玉の歌に姿を変えて、再び巷に戻っていったことだろう▼星野さんは若いころ海に憧(あこが)れた。しかし病で船乗りをあきらめる。「僕は人生の花といわれる青春時代をせんべい布団の上で使いはたしてしまった」。だが失意の時期こそ詩心を育む揺りかごだった▼そんな体験ゆえだろう。めげず、ひるまず、くじけずの「三百六十五歩のマーチ」が一番信条の詰まった歌だと言っていた。85年の歳月を歩き終えた雲上で、最愛の朱実さんと二人三脚を結び直すころだろうか。