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その夕方、東京の歌舞伎座では「京鹿子(きょうがのこ)娘道成寺」が幕を開けていた。この出し物は冒頭に若い僧が騒々しく登場する。舞台に並んで世間話をし、時の話題を一つ二つ入れるのが定番という。この日、一人が突然「双葉山が落ちました(負けました)」と言った。満員の場内は凍り付いたようになったという▼そんな逸話を、阿部達二さん著『歳時記くずし』に教わった。1939(昭和14)年1月15日のことだ。いまや伝説の「大事件」から71年、双葉山の69連勝にあと六つと迫っていた横綱白鵬が、きのう稀勢の里に敗れた▼11連勝中だった相手に、まさかの完敗だった。寄り切られて客席に落ち、照れ笑いするように首をひねった。思えば双葉山を外掛けに倒した安芸ノ海も「相手ではない」と見られていた。負けるときは大横綱でもあっけない▼両者の記録を単純に比べるには時代が違う。年2場所だった双葉山は3年かけて白星を積み、「負けを忘れた」と言われた。「それを1年足らずで超えるところまできていいのか」。白鵬自身、自問したそうだ▼だが、勝ち続けることの孤独を、敬愛する双葉山と2人だけで分かり合ったのではないか。周囲が熱狂するほどに尖(とが)る孤高。落城の胸に宿るのは、無念と悔いと、かすかな安堵(あんど)であろうかと推測する▼双葉山は連勝が途切れて気落ちしたか、翌日、翌々日と連敗した。白鵬はどうだろう。失意泰然の白星を重ねるなら、ある意味、雲の上の先人を超えることになろう。振り出しに立つ横綱の、きょうの一番に注目する。