三十一年前に発売された最初のソニーのカセットウォークマンには、ヘッドホンの端子が二つ付いていた。思いを寄せていた高校の同級生の女の子と一緒に聴きたいな、とラブソングを集めたオリジナルテープをつくったものの、夢に終わった苦い思い出がある▼レコードやFMからカセットテープに録音していた時代。カセットウォークマンは、いつでも、どこでも音楽を持ち歩けるという新しい文化をつくり出し、社会現象になった▼全世界で約二億二千万台が売られた超ロングセラーの国内向け生産が、今年四月末で終わったという。店頭での在庫がなくなり次第、国内市場からは姿を消す。デジタル化が進んだ今、歴史的役割を終えたというところだろうか▼インターネットの登場以降、社会が変化するスピードが速くなった。音楽もしかり。ウォークマンを開発したエンジニアは、ネットを通じて音楽をパソコンでダウンロードする時代が来るとは想像できなかっただろう▼同じように、三十年後の音楽の楽しみ方をいま的確に予測できる人もいない。ただ、言えるのは技術がいくら進んでも、音楽自体に人の心に突き刺さる力がなければ、すぐに忘れ去られてしまうということだ▼東南アジアなどでは、カセット機種の需要が根強く、海外向けは中国で生産が続けられる。超ロングセラーはしぶとく生き続ける。